脱色の思い出

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 「私も、そろそろかな・・・」  1人の老人が、呟いた。  これまで、平穏な人生だったと思う。  もしかしたらそれは褒められたことではないのかもしれないが、老人にとって、病気もせずに生きてこられたことが、何よりだ。  妻を数年前に亡くしてからというもの、1人でどうやって生きていけばよいか分からなかった。  それでも生きてきたのは、子供たちや孫の存在があるからだろう。  老いて行く身体も心も、恨むことさえなく、ここまで一緒に生きてくれたことに感謝する。  まだ80代ではあるが、自分の死期が近いことを感じていた。  ピンポーン・・・  そんなとき、老人の家のチャイムが鳴った。  近所の人だろうかと、老人はゆっくりとした動作で動きだすと、玄関まで向かう。  「はーい、どなたさまですか?」  鍵を開けてドアを開けてみれば、そこには上下黒のスーツを身に纏った、黒の短髪の、爽やかな青年が立っていた。  その手には黒いビジネスバッグを持っていて、何かの勧誘か何かだろうかと思った。  「あの、何か?」  恐る恐る聞いてみると、青年は見た目よりもしっかりとした口調と、見た目よりもどっしりとした声で話す。  「初めまして。私、こう言う者です」  「はあ・・・」  そう言って、青年が差し出してきた名刺には、氏海音、と書かれていた。  珍しい名字だな、と思っていると、青年が困ったように眉を下げながら続ける。  「うじなみ、と申します。すみません、読み難い名前で」  「いえいえ、そんなこと。ほおー、氏海音さんっていうんですか。それで?」  新聞や朝の牛乳、宅配サービスや介護施設などの勧誘なら断ろうと思っていた老人に、青年は笑顔のまま告げる。  「私、”死者請負人“の仕事をしておりまして、是非、お話だけでも聞いていただけないかと、こうして訪問させていただきました」  「死者請負人・・・?なんです、それ?」  「詳しいことは、出来れば中でお話したいのですが。いえ、もちろん、お話だけです。決めるのはお客様ですし、今日すぐに決めてほしいということでもございません。お話だけ聞いていただいて、ゆっくり考えて、後日お返事を、という形でも構いませんので」  「・・・まあ、そういうことなら」
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