脱色の思い出

4/8
前へ
/48ページ
次へ
 無理な勧誘ではなさそうだし、青年が悪い人間には思えなかった。  饒舌そうだが、穏やかでのんびりとした口調、それに強引そうな感じにも見えなかったため、老人は青年を家に招き入れた。  古いアパートの一室、つい先日も、下の階の老人が孤独死していたのが発見されたばかりだ。  出しっぱなしの炬燵に座ってもらい、手を伸ばせば用意出来るお茶を出すと、青年はまずそれを口にする。  「よかったら、これもどうぞ」  「え、いいんですか?ありがとうございます。これ、好きなんですよ」  炬燵の上に出してあった羊羹を進めれば、青年はまるで子供のような無邪気な笑みを見せて、その羊羹を食べ始めた。  若いのに珍しいなと思い、それと同時に孫と会っているような気分にもなり、老人はさらに大福も勧める。  青年はそれにも顔をほころばせ、孫たちなら年寄り臭いと言って食べないそれらを、美味しそうに食べていた。  和菓子とお茶を交互に口に入れ少ししたとき、青年は思い出したように口を開く。  「あ、すみません。肝心なことをすっかり忘れていました」  「こちらこそ」  青年は、黒い鞄から紙を一枚だけ取り出すと、それを老人の前に差し出す。  老人は左手を伸ばして老眼鏡を手に取りかけると、猫背になりながら紙を眺める。  「こちらに内容が書かれているのですが、ちゃんとご説明させていただきます」  そこには契約書、と書かれており、パンフレットなどといったものは無いらしく、その契約書に全て載っているようだ。  青年は人差し指を出すと、紙の上の方に書かれている文章にまず置く。  「死者請負人とは、亡くなられたご契約様と、生前に約束事をいたします。その約束事を、ご契約様の死後、遂行するのが私の仕事となります」  「生前に約束とは?」
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加