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無理な勧誘ではなさそうだし、青年が悪い人間には思えなかった。
饒舌そうだが、穏やかでのんびりとした口調、それに強引そうな感じにも見えなかったため、老人は青年を家に招き入れた。
古いアパートの一室、つい先日も、下の階の老人が孤独死していたのが発見されたばかりだ。
出しっぱなしの炬燵に座ってもらい、手を伸ばせば用意出来るお茶を出すと、青年はまずそれを口にする。
「よかったら、これもどうぞ」
「え、いいんですか?ありがとうございます。これ、好きなんですよ」
炬燵の上に出してあった羊羹を進めれば、青年はまるで子供のような無邪気な笑みを見せて、その羊羹を食べ始めた。
若いのに珍しいなと思い、それと同時に孫と会っているような気分にもなり、老人はさらに大福も勧める。
青年はそれにも顔をほころばせ、孫たちなら年寄り臭いと言って食べないそれらを、美味しそうに食べていた。
和菓子とお茶を交互に口に入れ少ししたとき、青年は思い出したように口を開く。
「あ、すみません。肝心なことをすっかり忘れていました」
「こちらこそ」
青年は、黒い鞄から紙を一枚だけ取り出すと、それを老人の前に差し出す。
老人は左手を伸ばして老眼鏡を手に取りかけると、猫背になりながら紙を眺める。
「こちらに内容が書かれているのですが、ちゃんとご説明させていただきます」
そこには契約書、と書かれており、パンフレットなどといったものは無いらしく、その契約書に全て載っているようだ。
青年は人差し指を出すと、紙の上の方に書かれている文章にまず置く。
「死者請負人とは、亡くなられたご契約様と、生前に約束事をいたします。その約束事を、ご契約様の死後、遂行するのが私の仕事となります」
「生前に約束とは?」
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