脱色の思い出

6/8
前へ
/48ページ
次へ
「それでは、この内容で、ご契約させていただきました。御希望通り、遂行させていただきます」  「よろしくお願いします」  氏海音と契約を交わしたあと、老人はまた1人でテレビを見る。  いつ自分が死ぬかも分からない状況の中、なぜだか心は穏やかだ。  それから老人は4年半生きた。  最期を家族に看取られることもなく、老人が1人で亡くなっているのが発見された。  ただ不思議なことに、近所ともあまり関わりを持っていなかった老人の死亡がすぐに確認出来たのは、大家さんのもとへ、一本の電話がかかってきたからだそうだ。  その内容というのが、老人が亡くなっている、という匿名のものだった。  すぐに大家さんがやってきて部屋を開けると、そこに住んでいた住人が亡くなっていて、すぐに警察を呼んだが、自然死とのことだった。  その日のうちに、訪問者が現れる。  黒髪に黒スーツの、爽やかな青年だ。  「すみませんが、部屋の片づけを行いたいので、中に入れていただけますか」  事件性もないことから、すんなりと部屋の中に入ることが出来た。  部屋の中に入ると、青年、氏海音は白い手袋をつけ、両手を合わせて合掌する。  「さてと、ご契約様の希望通りに」  ゴミと思われるものは次々に処分していき、冷蔵庫や洗濯機などの大型のものも、もう古いものだったため処分する。  老人がいつも座っていたであろう場所のすぐ近くに、大きな段ボールがあった。  その中を見てみると、そこには昔撮ったのであろう、老人の若い頃と、その妻と思われる女性が一緒に映っている写真があった。  白黒が時代を感じさせるが、写真は他にもあった。  それはカラーのもので、すっかり歳をとってしまった老人と、それから息子たち、孫たちと映っているものだ。  一枚一枚、ゆっくりと見ていると、あまり埃が被っていないことに気付く。  きっと頻繁にこの段ボールを開けて、写真を眺めていたのだろう。  写真の下には、画用紙や折り紙、黒い筒や制服などが入っていた。  「これは・・・」  大きな画用紙を広げると、そこに描かれていたのは、きっと老人夫婦と家族たち。  子供の字で“ぱぱ”“まま”と書かれていた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加