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別人。そうだ、ギャップというより別人だ。もしくは……お面?
……なわけないか。
平常心が行き先を見失い彷徨っている。握っていたオレの地図は、姫川さんが所有する謎の記号へとすり替えられた。いったいなにが目的なのか、それがわかればこんなふうに苦労しないし、このひとの場合、目的があるかどうかさえ定かではない。だったらお面とか、そんな馬鹿なことを考えるより、せめてオレの思考も現実的に寄せないと……。
そうでもしないと到底、この状況についていけない。
オレは深呼吸をひとつしてから、ひとまず最も危ぶむ可能性を口にしてみた。
「でも姫川さん、怒られたりとか……しませんか?」
「誰に?」
そりゃ当然……。
「……津島さん、とかに」
ふたりがどういう主旨を掲げて付き合っているのか、それはオレにはわからない。同性愛者の性観念を把握しているわけでもない。言いだしたのは姫川さんだし、気兼ねする境遇でもないのだけれど、でも……でも、もしオレだったなら、仮にも恋人と名立てしている相手がほかの男と扱きあうのは、恋愛感情がないとしても許すとは言いがたい。だから多少心配というか、これがバレたとして姫川さんが責められたりはしないだろうか。
「ほら、また変なこと言われたり……とか」
ささやかな配慮を見せたつもりだったが、姫川さんは、別に、と素気なく答えた。
「おまえが気にすることじゃない。それより、りん」
「はい?」
「おまえも脱げ」
「あ、はい……」
どかりと床へあぐらをかいた姫川さんのあとを追い、ハーフパンツをもぞもぞと脱ぎ、次いで下着に手をかけた。深夜に満たないアパートで、煌々とした蛍光灯のもと、男ふたりが神妙な面持ちで股間を突き合わせている。しかもそのうちひとつは、すでに血気盛んに色めき立っているのだ。
その光景は、なんとも奇妙なながめである。
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