― 序 ―

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 オレ、鈴村(すずむら)亮平(りょうへい)。23才。  中途採用だが今年なんとか就職し、現在、会社員(サラリーマン)となって約3ヶ月が経過する。 「ひーやべーっ」  おおよそフレックスに近い勤務形態ではあるけれど――ちなみに『おおよそ』というのはいくぶん適当な会社だからだ――、ある程度、社会人精神を(つちか)うという名目(めいもく)で、ひとまず入社してから半年は()(てい)の出社時刻が設定された。その観念(かんねん)には納得するし、確かに道理に(かな)った教育方法だとも思っている。しかし最終的にそう決断が(くだ)されたのは、まぁ言ってみれば()()()()の、そのときの気分のようなものだった。  『こいつ学生()がりだしそうすっか』みたいな。  ちなみにそれが決まったとき、セットになっているはずの退社時間を(さだ)められることがなかったのは、言うまでもないだろう。  それでもオレはこの職に()けたこと、オレみたいなのを(ひろ)ってもらえたことに、いたく感謝している。だからオレは誠心(せいしん)(せい)()、精一杯頑張ろうと心に決めた。しかしそうは言っても、こういったイレギュラーなハプニングが起こることもなくはない。  腕時計を確認する余裕もなく改札を()け、体力の限りを()くし、猛ダッシュで坂道を突っ走った。活発に収縮する呼吸器を(たずさ)えて、(さび)れたビルの薄暗い階段を2段飛ばしで駆け上がる。 「ああ、神様。どうか姫川(ひめかわ)さんが来ていませんように……」  (いの)る想いで、オレはやや立て付けの悪いドアを勢いよく押し開いた。
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