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ともに過ごした期間は浅いけれど、このひとはどう見てもワーカーホリックだ。もちろん、慣れというのもあるだろう。おおよそ長く業界に身を置いていれば、いつしかまるでそれが普通のことだと錯覚する。けれど姫川さんの場合、ただ忙しいだけではなく、仕事にのめりこむ傾向が垣間見える。体力以上にその精神力が強いせいかもしれないけれど、生活は不摂生だし、一緒にいるとどこか心配になってしまう。
「……姫川さん、働き過ぎじゃないですか?」
「今のおまえに言われても説得力ねえよ。でもま、今回は悪かったな。同時進行2本でもともとキツいのわかってたんだけど、そのうえであいだに余計なモンぶっこんで」
今回の作業がここまでハードになったのは、先日いきなり舞いこんできたスケジュール外の仕事のせいだ。編集だけでなくライター業もこなす姫川さんだが、基本、自社で請け負った制作物以外では直接書くことをあまりしない。しかし今回、厳しい日程の最中であるにも関わらず、姫川さんは無理矢理にその依頼を入れこんだのだ。
結果、姫川さんはその原稿を上げるのに1日半ほど時間を割かれ、そして残念ながら、オレの力量ではその穴を埋めるほど従来の作業を消化することができなかった。
「オレのほうこそすみません。もっと進めておけたら良かったんですけど……」
オレは椅子から立ち上がると、姫川さんのデスクにある灰皿を摘まみ上げた。山積みの吸い殻を水の入ったバケツに捨て、それを片手にソファーへと歩み寄る。
「いや、おまえがいたから間に合った。十分だ」
短くなった煙草を差しだした灰皿へと押しやると、姫川さんはそう言ってオレの頭をぐりぐりと撫でてくれた。
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