― 序 ―

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「おはようございますっ! すみませんっっ!! 遅れまし――……」 「――しっ!」  (かざ)()のない室内へと足を()み入れたところで(するど)く短い警告を受け、とっさに口を(つぐ)む。口元で人差しを立てるお()()みのしぐさに視線をたどるや、すぐにその()()を理解した。 「おはよう。どうしたの、寝坊?」  デスクを()えた少し(おく)(とお)()に見える大きなソファーの上に横たわる人影が(うつ)りこむ。 「すみません。昨日、目覚ましセットするの忘れちゃって……」  声量を(おさ)えつつ頭を下げると、(ひたい)から(にじ)みでる汗がぽたりと床に()れ落ちた。 「ふうん。それでここまで走ってきたの?」  そう言ってオレの全身を一瞥(いちべつ)するのは安藤(あんどう)さんというひとで、経理とか、総務とか、経営面とか、とにかくここが会社として機能すべき業務と(おぼ)しき、さまざまな事務的労務を(にな)っている……らしい。  (じつ)のところ、安藤(あんどう)さんがなにをしているひとなのか、オレは具体的に理解していない。知らない、と言ったほうが正確だろうか。27才で、一見(いっけん)してこの場にそぐわないような(れい)()風貌(ふうぼう)の持ち主で、このひとのほうがよっぽど『社長』という名に相応(ふさわ)しいのではないか、と、思うことくらいだ。()()()とは(ちが)い、いつもビシッとスーツを着て出社してくる。
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