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「ええと……」
「遅刻だ。おい安藤、りんの給料引いとけ」
「そ、そんなぁ……」
オレは一転して、その華奢な身体へと無我夢中で泣きついた。
「5分、5分だけですよっ! 姫川さんのオニっ、悪魔……っ」
姫川さんはうっとうしいといわんばかりの表情を浮かべ、鞄から手を放してオレの胸を押し戻す。ネルシャツのポケットからすいっと煙草をとりだすと、慣れた手つきでフィルターを唇に咥えこんだ。
のそのそとした動きで、ライターを探している。
それが床に落ちていることを瞬時に見とったオレは、速攻で拾い上げ、床に片膝を折りながら、差しだすようにすちゃっと目の前で炎をかざした。
「どうぞっ!」
「…………」
胡乱なまなざしでながめるも、姫川さんはそこから煙草に火をつける。じりじりと燻る煙をすうっとひとくち吸いこんで、それを吐きだすと同時に、仕方ねえなぁ、とぼそりと言った。
「珈琲。それでチャラにしてやる」
「はいっ! ありがとうございます……っ」
オレは45度に腰を折って一礼すると、いそいそとデスクへ戻ってその横へと鞄を下ろした。
なんだかんだ言っても姫川さんはオレに優しい。なぜなら、珈琲を煎れるのは今日に限らず、いつだってオレの日課だからだ。
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