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koi ≫ 濃い?
なだらかな谷間を過ぎてしまえば、当然、険しい山が現れる。
「……死ぬ……」
キーボードを避け机の上に突っ伏すと、オレはぐったりと瞼を閉じた。
山道を登り初めて1週間――。
オレは今、その山頂でくたばっている……。
……眠い。
泊まりで過ごしたラスト3日は合間に何度か仮眠をとっただけで、平均で2時間も眠れていない。大手の出版社とはいわないまでも、それでもやはりこの業界、労働的には大いに過酷な部類に入る。
まぁオレが知らないだけで、仕事なんてどんな業種でも大変なのだろうけれど……。
「まだオチるなよ。バイク便の連絡来てから死ね」
「……はぃぃ……」
姫川さんはどかりとソファーに座ったまま、煙草の煙を燻らしている。デスク上の灰皿には、その残骸がこれでもかというほど積み上がっていた。
さすがに、今回はキツかった……。
乱れの生じる頻度は低いが、それでも毎度、すべてがスケジュールどおりにいくとは限らない。わかってはいるけれど、これほどまで厳しい進行になると、その最後は身も心も抜け殻だ。達成感を感じるどころか、虚無を背負った悲愴感すら漂ってくる。
「遅いですね。もう着いてもいい頃なのに……」
「月末の金曜だからな。微妙な時間だし、道路混んでるんだろ」
身体を起こし、あらためて姫川さんをながめ見ると、姫川さんはぼんやりとしたまなざしでどこか宙を見やっていた。大きな瞳はしょぼしょぼと萎んでいて、目の下の皮膚はどす黒くくすんでいる。
……あーあ。可愛い顔が台無しだな。
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