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今夜は《蝋魔》が出る。その日の昼頃から、わたしもお母さんも間違いなく《蝋魔》の《気》を感じていた。
《五月林》の影響で《蝋魔》の力が強くなっている可能性もある。そんな時のために佐藤くんがこの土地に派遣されたのだ。今夜は佐藤くんも《補佐》として、わたしに同行してくれるようだ。
「なんだか、二人揃って化け物退治に行くような格好には見えないわね」
その日の夜。玄関で靴を履くわたしと佐藤くんに、お母さんは笑いながら言った。わたしの着衣は、いつものジャージにランニングシューズ。佐藤くんの格好はというと…。
ジーパンにカジュアルなスニーカー、厚手のパーカーを羽織り、腰にはウエストポーチ。そして例のゴルフバッグを担いでいる。
「…何でスニーカーなの?」
この前一緒に走り込みに行った時も、佐藤くんはスニーカーを履いていた。動き易さを追求するなら、ランニングシューズの方がいいに決まっているのに。
「ああ…ほら、スニーカーが一番踏ん張りが効くんだよ。なんか、グッて感じで」
重い《得物》を振らなければならない佐藤くんならではのこだわり、ということなのだろうか。
「じゃあ何でそんなカジュアルファッションなの?」
《補佐》という存在を間近で見るのは初めてだが、聞くところによると《補佐》の格好も、一般的には《除蝋師》とあまり変わらないらしい。佐藤くんの服装は白装束でもなく、それに類似するような古風な着衣でもない。そして、わたしやお母さんのような動き易い服装を好んでいるわけでもなさそうだ。
これに関しては、ただ格好つけたいだけにしか思えない。
誰に対して?その問いに当てはまるのは、こんな時間の夜道では、わたししかいない。…もしかして、わたしに気があるのだろうか。《蝋魔》に対するそれとは違う警戒心が、わたしの胸の内に芽生える。
「これは…俺も不知火みたいな動き易いやつを着たいんだけど、生地がペラペラだろ?俺は《除蝋師》よりも《蝋魔》に近付かないと仕事になんないから、薄手の服は…何か怖いんだよな」
言いながら、佐藤くんは苦笑いをした。
「《気》が体内に入り込みやすいような気がして。…まあ色々考えた結果として、普段着てる私服に落ち着いたっていう…」
服の生地の違いで《気》の遮断し易さが変わってくるなんていう話は聞いたことがない。これはもう、佐藤くんの気の持ちようの問題だろう。
まあ、佐藤くんが納得しているなら、どんな格好でもいいのだけれど。
わたしと佐藤くんのやりとりを見ていたお母さんは、静かに笑っていた。
「二人とも、気をつけてね」
《蝋魔》の出現する夜は、いつも心配そうな顔でわたしを送り出すお母さんだが、今日は全く様子が違う。終始にこやかな表情を崩すことはなかった。
こんなことからも、お母さんの佐藤くんに対する信頼の厚さがうかがい知ることができる。
千尋に仕事のことを話してしまったことが原因で、お母さんと少し気まずくなっていたわたしにとっては、今の佐藤くんの存在はとても有り難かった。
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