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右隣に、ありえないぐらい確かな温もり。それは、酔った彼が僕にしなだれかかっているから。すぐ近くにある彼の黒髪からシャンプーのいい匂いがして、バレないように小さく息を飲んだ。
僕に、もたれたままの彼が、空になったグラスに次のお酒を注ごうとした。だから、僕はすっと、用意してあった別のグラスを彼の前に出した。
「気が利くなぁ、M。」
ありがとう、と呟いて、彼は僕が渡したグラスに口をつけた。瞬間、彼は彼に似合わないとても歪んだ顔をした。
「水じゃん。」
気、利き過ぎ、とまた呟きつつも、彼は僕が渡した水を一息に飲み込んだ。そして、また、注がれるお酒。僕には、もう手持ちの水はない。
自分で注いだお酒を一気に飲み干して、彼は顔の位置を変えて、ぼんやりした目で僕を見た。
「M...おれ、なにがダメなんかな。」
下から、覗き込まれる角度。彼は手も脚も長くて、当然のように身長だって僕より高いから、いつもは見ることができない角度。狙ってるのか、と思ってしまうぐらいの上目遣いに、高鳴ってしまう僕の心臓には、気付かないふりをした。
「Oは、ダメじゃないよ。」
そう言って、彼の癖があるのに、指梳きはいい黒い髪に指を絡ませる。
「ふふ。」
彼は、楽しそうに笑ってまた、僕の胸にしなだれかかってくる。
彼は、僕に答えなんて求めてない。ただ、優しく包み込んで、慰めてほしいだけ。だから、余計な言葉はいらない。僕はあいかわらず彼の黒髪をもてあそびながら、心臓の音が聞こえませんように、と必死に祈った。
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