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授業が始まると、廊下を保護者達が歩いているのが見えた。
いつもは閉めている教室の後ろのドアを開けて、保護者が自由に見学できるようにしている。
小学生ではないので、自分の親が入ってきたのがわかっても手を振ったり呼びかけたりする者はいないが、くすぐったそうな顔をしたり、あちゃーという表情をしたり、何も言わずとも瓜二つであったり、ということは往々にしてあった。
しかし、今日は空気が違っていた。
ざわついている。
「え、マジで……?」
「なになに?」
「どういうこと……?」
「きょうだい?」
雰囲気がおかしいな、と、板書をノートに写す手を休めてなんとなく後ろを振り返った李子は、目を剥いた。
心臓が飛び出るかと思った。
一度前に向き直って、見間違いかと思い、おそるおそる再度振り返ってみる。
カラフルなスーツやワンピース姿の母親達にまじって、黒縁メガネの、地味なジャケットを羽織った小柄な青年が立っていた。
明らかに高校生の保護者には見えないその人物は、李子と目が合うとにっこり笑った。
「アレ、松田莉人だよね?」
「うちのクラス、松田なんていないじゃん」
クラスメイトのひそひそ話が耳に入ってくる。
「ほーらそこ、おしゃべりしない!」
教師の一喝が飛んで彼らは黙ったが、李子はもう授業どころではなかった。
――なんで、お父さんがここに?
どうして授業参観日だということを知ったのか。プリントは捨てたはずなのに。
もしかして、今日子が部屋のゴミを捨ててくれたときに発見して、父に伝えたのだろうか。
いや、それよりも――
――全部、ばれちゃうじゃない。
実年齢も、子持ちであることも。
今まで築き上げてきたものが、台無しになる。
家族の存在を隠してまでやってきたのは、何のためだったのか。
何を考えているのか。
怒りが湧いてきたが、不意に「お父さん自身、いろいろ反省しました」という短い一文を思い出した。
まさか、それは――こういうこと?
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