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どれくらい経ったか、不意に肩を叩かれて李子はびっくりした。
反射的に振り返ると、立川早彩が苦笑していた。
「ごめん、気づかなかった」
「いいけど、危ないよぉ? この人混みだとイヤホンは」
「……だね」
歩き出そうとしたが、前を通る人が多くなかなか進めない。
「人多いね」
うまく人の流れに乗れず、早彩の方を見ると、彼女も肩をすくめている。
「日曜だもんねぇ」
見通しの悪い視界をなんとかくぐり抜け、横断歩道を渡っている途中で、またあの曲とコマーシャル映像が流れた。
――この夏イチバンのハッピーをお届けする――
「李子、ブルドッグみたいな顔になってる」
「えっ」
指摘されて、自分の眉間に思わず触ってみた。
そこまで顔中に皺を寄せていただろうか。
「そんなにキライなのぉ? マイプレ」
「ん……うん、好きじゃない。苦手」
「特に松田莉人が、でしょ?」
「うん」
李子は力強く頷く。
「まあ、私はチバショー派だからいいけどさぁ、莉人推しはガチ恋勢もいるし、あんま公言しない方がいいかもよ? うちの学校にもファン多いから」
「ガチ恋? バッッカみたい。下らない」
「まーわかるけどぉ、夢見せるのが仕事じゃない? アイドルって」
「夢……」
というと聞こえはいいが、要するに嘘だ。
嘘をついて、嘘を売っている。
その人物が金と引き替えにどこかの誰かにキラキラした夢を与える一方、彼を取り巻く人間は、何かを奪われてもいる。
それを、表に出すこともできない。
美しい嘘をつくり出すため、切り捨てられた現実達。
「……やっぱり、アイドルは嫌い」
「もぉー、李子はフケ専だからなぁー」
早彩はおどけた調子で首を振り、「何しろ好きな芸能人が小日向文世」と口にする。
「何がいけないのよ」
「いや、いけなくはないけどぉ、ふつー女子高生の好きな芸能人っていったら、オジサンにしても西島秀俊とか」
「そうは言うけど、若いころの写真は結構かっこよかったよ」
「いや、現在進行形でかっこいい人がいるでしょ、ほかに」
そんな軽口を叩き合いながら、駅舎沿いのスイーツ食べ放題の店に向かう。
「よーし、食べるぞぉー」
「クリームはふわふわしてるからカロリーゼロ、でしょ?」
「そーそ、李子わかってる」
これから銀行強盗に入るような眼差しを、互いに交わした。
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