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「ゴーストバスター、ですか」
ジョークだろお客さんという調子で武井が返す。職業柄、こうした虚言癖に近い客と対することは多々ある。
「ええ、そう名乗っています」
男はさも当然と頷いた。
久しぶりに昼に客を捕まえたというのにそれが変な男だったことに頭を抱え、武井は後部座席に座る男をミラー越しに眺めた。
ウェーブがかった黒髪を六対四くらいで分けている。面長な顔の肌は白く、笑っているのか眠っているのか分からないほど目が細い。白シャツに黒ネクタイ、漆黒のスーツをまとっていて、ゴーストバスターというより葬儀屋のようなみてくれであった。
とは言っても客であることに違いはない。何とも言えない寒い空気を押しのけようと会話を進める。会話などせずにずっと黙り続けることもできなくはないのだが、そんな殿様商売をするドライバーのことを武井は毛嫌いしていた。
「どんなことをされているんですか?」
「そりゃあ霊を成仏させたりとかですねえ」
「はあ」
「最近はそこそこ仕事がありましてねえ。まあそれなりに楽なものだけど」
「楽だったりするものなんですか?」
「死にそうになる案件以外は全部楽だよ」
「はあ。極端ですねえ」
「まっ、今回は楽というか大丈夫ですよ」
大丈夫大丈夫と自称ゴーストバスターは気楽そうな声で答えて、ミラーに向かってウインクをした。武井はそれをかわして
「あと少しで着きますよ」
少しだけ遠回りしてメーターを稼いだ。
穏やかな波模様の海が広がる海岸線。その付近で武井はタクシーを止めた。
自称ゴーストバスターが金を払い、降りようとする間際に武井は名刺を渡した。
「まあまた来ることがあったらお願いしますよ」
「こいつはどうも、へえ、武井直人さんねえ」
んじゃまたいつか。とだけ言って自称ゴーストバスターの男は海岸線沿いの更地へと降り立った。どこへ向かうのか、武井にはまるで見当がつかない。
いってしまった。
「ゴーストバスターって書いてある名刺が欲しかったんだけどなあ」
武井は道を引き返す。
車内には潮の匂いがかすかに漂っていた。
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