あの時の海はきっと青かった

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 篤は折り畳みの携帯を閉じてポケットにしまった。閉じ際のカチッという小さな音すら耳に障る。そんな無機質な音はここには似つかわしくない。  隣に座る篤の息遣いや心臓の音すら聞こえる気がして、というか聞いてみたくなって、優は膝に顔をうずめて息を潜めた。  すると布ずれの音と共に、 「すっごい綺麗」  篤の口から飛び出したのは、小学生みたいな安直な感想だった。暗闇に慣れてきた目で横を見ると、篤は堤防に寝転がって空を見上げていた。  優も素直に真似をした。 「宝石箱をひっくり返したみたい」  視界に広がったのは闇雲に「すっごい綺麗」な星空だった。圧倒されるほどにすごいものを見たときは、何がどうすごいとかここが素晴らしいとか、細かい理屈はどこかに飛んでいってしまう。  それは優が篤のことを好きであるのと同じだ。彼のどこが好きなのか聞かれても困る。むしろ、ここが好き、と答えることができるようなら、まだその人を本当に好きだとは言えないというのが優の持論だ。  左半身がほのかに暖かい。一度そう思ってしまうと、すぐ左にいる篤の体温を意識してしまってむずむずした。 「僕、星空って初めて見た」  都会にいるとオリオン座とか北斗七星がかろうじて見えるくらいだが、今は星が多過ぎてどれが何の星座なのか、かえって分からないほどだ。  これが星空だ。初めて見た本当の星空だ。 「あ、流れ星」  ナントカ流星群到来の有無に関わらず、本当の星空ではたくさんの流れ星が見られるということを優は知った。一緒に知れたのが篤で良かった。  だって、これが最後かもしれないから。 「なあ」  しばらく流れ星探しをした後、篤がぽつりと言った。  私は気づいていた。なぜ篤が私を連れ出したのか。 「話があるんだ」 「えー。聞かなきゃダメ? あ、また流れ星!」  わざとおどけた。が、声が震えるのを自覚する。 「話があるんだ」  篤は静かに繰り返した。  左を向くと、頬がひんやりとしたコンクリートに触れた。 「別れよう」  空を見つめる篤の横顔に一筋の雫が伝っていた。
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