第5話 月あかり

5/26

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/155ページ
 何を話そうと決めて電話したわけではなかった。会話が途切れてしまうと、次の言葉がなかなか出て来ない。  しばらくの間沈黙が流れたけれど、それでも不思議と焦りは感じなかった。  電話の向こうには確かに鈴がいる。  大丈夫。まだ繋がっている。  離れてなんかいない――わけもなくそう思えた。 「……あのさ、ぬいぐるみ好き?」 『――え?』  唐突な問いかけに鈴は面喰ったようだった。  オレも、自分の話の振り方には苦笑がもれた。   愛の言うとおりに、押し付けられたぬいぐるみを「話のネタ」にしてしまっている自分が可笑しくもあった。 「いや、ごめん。愛――姉貴がでっかい『くまのポンさん』のぬいぐるみ貰って来てさ」 『ポンさん?』  初めて鈴の声に笑いが滲んだ。 『でっかいって、どれぐらい?』 「んー、高さは1メートルぐらい? でも問題は幅かな。オレが両腕回しても指先がやっと届くくらい」  鈴がクスクスと笑う。 『それはでっかいね。すごい存在感』 「ホントホント。今オレの部屋にいるんだけど、こいつ、存在感ありすぎて、全然馴染めない。……鈴ちゃん、貰ってくれる?」  一瞬の間の後、鈴からは苦笑交じりの答えが返ってきた。 『……どうしよっかな』 「無理にとは言わないけど。オレ、鈴ちゃんがぬいぐるみ抱いてるとかってイメージが湧かない」  えー? と鈴が心外そうな声を上げた。が、それはすぐに笑いに変わる。 『さすがに見通されてるなぁ』 「あ、やっぱり?」  笑い声が交わった。  その瞬間がたまらなく愛しかった。  失いたくない、と強く思う。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加