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「二条、十五分休憩行って来い!」
跳躍を終え、マットから降りると、コーチから声がかかった。腕でぐいと汗をぬぐいながら「えー」と不満の声を上げる。
「あと一本――」
「好調だからって調子に乗るな。ピークは明後日に持ってこい!」
「……はーい」
肩をすくめながら渋々片手を上げた。
確かにここで無理をすることはない。焦ってがむしゃらになるほど切羽詰まってもいないし。ゆっくり休憩をとるのも大事なことだ、うん。
それでも、後ろ髪を引かれるように、バーを振り返ってみた。
――跳びたい。
疼くほどのその衝動。吐息でそっと逃がした。
オレが走高跳を始めたのは高校に入ってからだ。中学時代は短距離の選手だったが、コーチからの勧めで走高跳に転向した。特別に短距離に未練はなかったけど、かといって走高跳への転向に抵抗がなかったわけじゃない。それでも、跳べばぐんぐんと成績が伸びた。適性があったのかなと思う。
それを自覚してからは、競技が楽しくなった。跳ぶことを面白いと感じ始めてからは、またいっそう成績が上がった。高校時代の腰掛けではなく、この先も続けていきたいと思うようになった。
でも、今ほど跳ぶことが楽しいと思ったことはない。休憩を惜しむほど、跳び続けていたいと思ったことはなかった。
そう思えるのも鈴のおかげ――そう思うと急に気恥ずかしさのようなものを感じて、一人苦笑した。
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