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「じゃあ、行ってくる。――あ、そうだ」
今度こそ行こうとその場を離れかけて、今度は自分から部屋を覗いて愛に声をかけた。
「愛は今日涼介さんとこ行くんだろ?」
愛が目を丸くした。
「行くけど。何で知ってんの?」
「昨日涼介さんが言ってたから。結構楽しみにしてたみたいだけど」
これはリップサービスだ。
愛もそれはわかったらしく、珍しく苦笑した。
「それは光栄ですこと。――ねえ、透」
少しだけ声に真剣みが帯びる。その顔は、いつになく不安げだ。
「一目惚れって、あると思う?」
「――えっ!」
驚いて、目を瞠った。
愛の口からそういう言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
でも、笑い飛ばすようなことではなかった。話の流れからして、愛が涼介さんに、ということなのだろう。
「……あると思うよ」
そう答えると、愛が意外そうな顔をした。
「本当に?」
「うん。だって、オレ経験者だから」
オレは鈴にほとんどが一目惚れだった。
彼女のゴールを見据えた凛とした横顔に、一瞬にして心を奪われた。あの瞬間に感じたときめきや、風の匂いまでもが未だに鮮やかに思い出すことができる。
それは魂に直接埋め込まれたかのような、強烈な感情。
愛は目を丸くしてフッと頬を緩ませた。
「なんだ、そうなの」
「そ。だから、愛も自分の気持ちに自信持っていいんじゃないんですか?」
真面目に言うのは照れ臭いので、わざと冗談めかして言った。
愛がいつものペースを取り戻し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「生意気言ってくれるじゃん。――ほら、さっさと行っておいで!」
「へーい、行ってきまーす!」
オレは今度こそその場を離れた。
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