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病院でのリハビリを終え、次の目的地まで自転車を走らせる。
鼓動が速いリズムを刻んでいるのは、身体的な疲労の為じゃない。
鈴に会える――それだけで、こんなにもドキドキする。それはオレが長く忘れていた感覚だった。
いつの間にか鈴が隣にいるのは当たり前で、会うだけでドキドキするということは無くなっていた。
贅沢になってしまっていた自分を思い知る。
会えるということが、こんなにも素晴らしいことだと忘れていた。
待ち合わせの公園が近付いてくる。
それは馴染み深い陸上競技場の隣の、小さな公園だった。
一番最初に、鈴と待ち合わせをした公園。まだ付き合う前に、オレが初めて彼女を呼び出した公園だ。
あれはかなり強引な誘い方だったと、今思い出しても思う。
オレの方がただ一方的に来て欲しいと訴えただけだった。来ないことは覚悟していた。それでも、自分の時間が許す限りはいつまでも待つつもりだった。
あの日、鈴は一時間待っても来なかった。
二時間経っても来なかった。
オレはじっと目の前の噴水を見つめていた。一分一秒があれほど長く感じられたことはないかもしれない。
それでも、オレはそこを動かなかった。鈴が来てくれるという確信はなかった。それでも待っていられたのは、自分の鈴への気持ちをしっかりと確かめたかったからだ。オレは自分の気持ちを試したかったのかもしれない。
結局、二時間半ほど待って、鈴は姿を見せた。その時の感動をオレは一生忘れないと思う。それぐらいに嬉しかったのだ。
――あの時の喜びを今一度噛み締めながら、ペダルを力強く漕いだ。
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