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「髪、少し伸びたね」
会った時から気付いていたその変化を口にすると、鈴がようやくオレの方を向いた。その顔はまだ少しだけ赤い。
「うん、なんか切りそびれちゃって。中途半端だし暑いんだけど……」
鈴は風で顔にかかる髪を耳に掛けながら苦笑した。その仕草にまたドキっとしたけど、それもあえて表には出さない。
「伸ばすの?」
「どうしようかなぁ」
鈴は小さく笑って前を向いた。
そのまましばらくまた会話が途切れるけど、そこに前のような硬さはない。
競技場の中からは、練習中の掛け声やホイッスルの音が聞こえてくる。
その音は高い空に吸い込まれるように溶けていく。
オレの胸の中を、熱くなるほどの懐かしさが巡る。つい、また空を見上げた時、「透」と小さく呼び掛けられた。鈴は前を向いたままだった。
「今日、どうしてこの場所にしたの?」
オレも前を向いた。
視線の先に、周囲のものよりも一際大きな木が見えた。
今日会うのにどうしてこの場所を選んだか。もちろん、明確な理由があった。
「ここがオレたちのスタートの場所だから。またここから始めたかった」
オレの答えに、鈴が顔を上げた。
驚いた顔でも意外そうな顔でもない、静かなその表情に、鈴にもそれがわかっていたのだと確信した。
どちらからともなく、向かい合うように立ち止る。
「あの日……オレ達は賭けをした」
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