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オレが指差す先にはあの大きな木があった。
青々とした葉を茂らせるその木は銀杏。その葉が黄色く色付いた季節、オレは鈴と二人で走った。死んだ浩太への未練を引きずる鈴に前を向いてもらうための、オレが仕向けた苦肉の策だった。
「透は、自分が勝ったらわたしにスタートラインに立てって言ったね」
「負けたら鈴ちゃんにそれ以上関わらないって言った」
鈴がクスリと笑う。
「最初からわたしが勝てっこないのわかってたくせに」
「そうでもないよ? ちゃんとハンデも付けたし、オレも必死だった」
「それでも、わたしが勝てるわけなかった」
「勝ちたかった?」
鈴はそれには答えず、オレの目を見返した。
「あの時の勝負にわたしが勝っていたら、わたしたちはどうなってたかな?」
ざわざわと木々を揺らして風が流れる。夏らしい熱さと湿気を帯びたその風を、オレは深く吸い込んだ。
あの時、鈴が勝っていたら。
自分は鈴を諦めて、今頃は違う誰かを目で追っていたりしたのだろうか。鈴の隣には自分じゃない違う誰かがいたのだろうか。
あまり愉快じゃない想像に、つい苦笑した。
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