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「高城が死んだ時ね――」
浩太の名前に、思わず体が緊張する。それに気付いたように、鈴が表情を柔らかくした。
「高城が死んだ時、というかその後なんだけど。高城はもういないんだってこと、もちろん頭ではちゃんとわかってた。もう二度と一緒に笑ったりふざけたりもできないんだって……ちゃんとそれを受け止めなきゃいけないって。そして、実際にそう出来てるものだと思ってた。あの日、透に言われて初めて、自分が現実から目を逸らしたままだったんだって気付いた。二年も経って、ようやく。他の誰でもない、透が、止まってたわたしの時を動かしたんだよ」
鈴がオレを見つめる。その瞳は力強くて、目を離すことができなかった。
「わたしにとって透は恩人。でもそれ以上に、あの瞬間から、透はわたしの一番大事な――とっても大切な人になった」
真っ直ぐな鈴の言葉に絶句した。
初めて言葉となって聞いた、鈴の想い。
一陣の風が吹く。
木々の間を通り抜けた緑の匂いのする風は、オレたちの間の蟠りを流してくれるように流れていった。
オレは大きく息を吐いて目を閉じた。
話さなければいけないことはたくさんあった。
これまで感じてきたこと、考えていたこと、全部を話さなきゃって思っていた。そうして鈴との間に生じた誤解を解いて、これから先のことも話して――でも、それらのことの全てが、もうどうでもいいことのように思えた。
過去よりも、今目の前にある現実が息苦しいほどに愛しい。
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