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「――透? どうかしたか?」
急に黙り込んでしまったオレの顔を、慎吾が怪訝そうに覗きこむ。慌てて笑顔を作った。
「んー、なんでもない。ちょっと昔を思い出してた」
昔? と首を傾げる慎吾には軽く笑顔だけを返した。慎吾には浩太の話をしたことがない。死んだ従兄がいることは話したかもしれないけど、その従兄と鈴の間に繋がりがあったことは話していなかった。
話したくなかった。浩太と自分と鈴の間には、誰にも入って欲しくない。例え、それが親友であってもだ。
そう思ってしまうことにほんの少しの後ろめたさを感じながら、ポンと慎吾の肩を叩いて立ち上がった。
「たまにはおまえも自分に正直になりなよ」
「あん?」
「果歩ちゃんに、ちゃんと好きって伝えてるか? でないと、そのうち愛想尽かされるかもよ?」
「な、なにを、おま……っ」
顔を真っ赤にして慎吾が立ち上がる。体格もがっしりとしていて、どちらかというとごつい感じの慎吾が慌てふためく様は、どこか可愛らしくもあり、滑稽だった。純情な親友をからかうのは面白い。
「さあて、休憩終わりー。じゃーな」
「おい、こら、透!」
慎吾に笑いながら手を振ってグランドに戻る。
一歩一歩足を進めながら、気持ちがどこか沈んでいくのを感じた。
浩太を思い出したせいかもしれない。そして、浩太と鈴の切ない恋を思い出したからだ。
実ることのなかった淡い恋。
「……今さら」
自嘲するように呟く。
今さらそのことで心を痛めても、どうにもならないことなのに。
そう、浩太は鈴が好きだった。そして、鈴も浩太が好きだったのだ、ずっと何年も浩太のことを忘れられないほど。
二人の気持ちを思うと、切なくて胸が苦しかった。同時に、二人の間に、永遠にオレが入ることができない絆があることが、少し悔しいのだ。そんな身勝手な嫉妬を抱える自分が嫌だった。
だけど。
気持ちを切り替えて前を向いた。
だけど、今は違う。鈴は浩太ではなく、ちゃんとオレを見てくれている。今はオレだけを見ていてくれる。
それ以上に何を望むというのだ。
「――よし!」
自分の頬をぴしゃりと両手ではさみ込むように叩くと、一気にグランドに向って駆け出した。
今はとにかく、目の前にある目標を達成するだけだ。
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