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十分に体をほぐした後、いつものようにスタート位置に着く。その瞬間、周囲の動きがピタリと止まったのがわかった。注目されているようだ。
特に、前方からオレを見ている一年の後輩の一人は、いつも熱心にオレの跳躍を見ていた。彼はオレと同じように高校から走高跳に転向した選手だ。だからだろう。
参考にしてほしい、とか思いあがったことは思わないけど、オレのジャンプを見て何かを感じたりしてくれるのなら、それは素直に喜ばしいことだと思う。
一度深く深呼吸をする。それだけで余計な思考が消えた。
軽くリズムを取るように助走を始める。
――体が軽い。いい感じだ。
踏切りまで、3、2――
バチンッ!
突然、ゴムが切れたような音とズンとした衝撃が体を走った。
……え?
何が起こったかわからなかった。
跳ぶために踏み切った筈のオレの身体は、宙を舞うことなく、ぐらりと傾いて地面に叩きつけられた。
「二条っ!」
コーチの怒号が遠くから聞こえた。慌てたように駆け寄ってくる姿も見える。
周囲が騒然となる中、オレは半身を起こして茫然と自分の足を眺めていた。
右足、動かせない。
「あ……」
すこしずつ、理解してきた。
バチン――あの音と衝撃は、この足のアキレス腱が切れた音だったのだ。
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