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「あら、透、起きてたの」
襖がそっと開いて、母が顔を覗かせた。オレが起きているのを確認すると、無遠慮に中に入って来て布団の脇に膝をついた。スーツに身を固め、すっかり化粧も済ませてある。もう出勤の時間なんだ。
「痛くて眠れなかった?」
「いや。――カーテン、開いてた」
眩しいよ、と抗議しながら窓辺を指差すと、母は苦笑しながら窓辺に行き、あろうことかカーテンを全開にした。
室内が一気に明るくなる。
「うわ、ちょっと!」
朝っぱらから嫌がらせか。
両腕で目を庇うオレを、母はクスクスと笑う。
「いいじゃないの。自然の目覚ましで。目が覚めてるならもう起きたら? ごはん、準備できてるから。――あ、そうだ。愛が、家出るの十時ぐらいでいいかって言ってたわよ」
愛はオレの三つ年の離れた姉だ。仕事が休めない母親の代わりに、姉が車でオレを病院に連れて行ってくれることになっていた。
「あー、いいよ」
別に、何時だって問題はない。何かやらなければいけないこともないのだし。
母が小さく息をつく。
たぶん、母にはオレの苛立ちがわかっているのだ。それでも、特別に励ましの言葉を口にするでもなく、「それじゃ、母さん行ってくるわね」と笑顔で言い残して、部屋を出て行った。
まったくいつも通りだ。
……助かる。変に気遣われるよりはよほど有難かった。
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