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鈴はそう言って、もう一度ごめんね、と頭を下げた。オレはすぐに言葉を返すことができなかった。
鈴の言葉の裏に、一人の人の存在が見え隠れする。
教室に来るはずの人が来ない、いるはずの人がいない――それはきっと、高階浩太のことだ。
ある日突然いなくなった彼女の初恋の相手。あいつを失ったその時の状況を、鈴は今回のオレのことと重ねて、思い出してしまったんだ。
鈴の中からはまだ浩太が消えていない。……そう感じた。
そんなこと、今にわかったことじゃない。オレがどんなに努力したって、鈴の中から浩太への想いは消えないってこと、わかっていた。だけど……やるせない。
このやるせなさは、たぶん、嫉妬、だ。無意味な、嫉妬。ぶつける相手は、もういない。
今オレにできるのは、彼女を安心させてやることだけだ。
「――大丈夫だよ、鈴ちゃん」
「え」
と、鈴が目を瞬かせる。オレは彼女に向って、ニコリと笑って見せた。
「オレは大丈夫だからさ。病院でちゃんと治療してもらったら、当たり前に学校にも行くし。怖がることなんてないって。それに、どういう理由であっても、こうして会いに来てもらえたの、純粋に嬉しいよ。だから、鈴ちゃんが謝ること、何もないし。逆にオレが謝る。鈴ちゃんに連絡できなかったのは、やっぱりオレの配慮が足りなかったからだしね」
いつも以上に明るく話した。鈴の泣きそうな顔を見るのが嫌だった。
「ほんとに心配いらないからさ。歩けなくなるわけでもないし、これから先ずっと跳べない訳じゃない。ちょっと――っていうか、かなりタイミングは悪いし、自分に腹も立つけど」
明日の大会を思い出し、つい苦笑が滲んだ。
「ホントついてないなぁとは思うけど、やってしまったものはもうどうしようもないしさ。――あ。でも、鈴ちゃんからお祝い貰えなくなったのは悲しいかな。なーんて。お祝いくれるっていう気持ちだけで、もう十分嬉しかったからいいんだけどね」
「透……」
鈴は戸惑ったように、それでも真っ直ぐにオレを見返していた。
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