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教室へと向かう階段の前で、ちょうど鈴と一緒になった。彼女と顔を合わせたのは家で会った日以来、三日ぶりだ。
「おはよう」と声をかけると、鈴も笑顔で「おはよう」と応えてくれた。いつもの当たり前のやりとり。だけど、どこか照れ臭くて、オレは思わず不自然に目を逸らしてしまった。
あの日、あれ以上の何かがあったわけではない。だけど、それだけのことでも、後になって思えば十分に気恥しかった。
鈴はどう思ってるんだろう? 気になったけど、彼女の表情を窺う余裕もなかった。
それでも、なんとか会話を続けているうちに、気付けば以前のような自然なやり取りが交わせるようになっていた。
「階段、大丈夫?」
上りに差し掛かったところで、鈴が心配そうに見上げてきた。
「うん、だいぶ慣れてきた。自分の部屋にも上がれるようになったし」
「そっか。でも気を付けてね。これ以上どっか怪我したら大変だし」
「うわ、それ笑えねぇ。十分気を付けます」
「うん。……ねえ、透」
「ん?」
「この前、ごめんね」
いきなりの謝罪に首を傾げる。
「何が?」
鈴は申し訳なさそうに首をすくめた。
「突然家に押しかけて、透を元気付けるどころか逆に気を使わせたよね。ほんとにわたし、何しに行ったんだか……ごめん」
落ち込んだふうの鈴に、フッと頬が緩んだ。
「十分、元気付けられたけど、オレ」
「え、うそだ」
「何でうそだよ。その時も言ったでしょ。会いに来てくれただけでも嬉しいって。だから鈴ちゃんが謝ることなんて何もないのに。何ネガティブになってんの」
冗談めかして言うと、鈴の顔にもやっと笑みが浮かんだ。でも、すぐに探るような目で見上げてくる。
「透、無理してない?」
「――どうして?」
この状況に、全く落ち込んでいないと言ったら嘘になる。でも、だからといって無理をしているつもりはなかった。オレは念を押すように鈴に笑いかけた。
「心配しなくていいって。オレは大丈夫だから」
「……うん」
鈴は微笑んで頷いた。
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