第2話 涙雨

22/24
前へ
/155ページ
次へ
 そういう話をしていたからか、いつもは素通りするグラウンドの前でつい足を止めた。奥の方で陸上部が練習しているのが見えた。  あの日以降、意識して見ないようにしていた光景を、オレはしばらくの間そのままじっと眺めていた。 「――2メートル9」  後ろからの慎吾の声に、振り向いた。 「何?」 「2メートル9……透、これ何の数字かわかる?」  オレは答えず、黙ったままグラウンドに目を戻した。わからなかったからではなく、すぐにピンときたからだ。慎吾がオレの隣に並んで、同じように練習風景に目を向けて続けた。 「今年のハイジャンの地区優勝記録だって。――なあ。おまえがあの日に出した自己ベスト、いくつだっけ?」  あの日の記録――。  脳裏に、その時の感覚が甦る。世界が変わって見えた、その感覚。  松葉杖を握る手に、ギュッと力がこもった。 「――2メートル15」  小さな声で答えた後、目を伏せて微笑った。 「っていっても、公式な記録じゃないしね」  オレはグラウンドから視線を背けて歩き出した。慎吾もそれに続く。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加