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「ありがと」
その人が拝むようにしながら言う。
その、どこか不明瞭な発音と手の動きに、オレはハッとして目を丸くした。
彼の笑顔が苦笑に変わる。
男は右の耳を指差しながらオレの方へ向けた。
小さな石のついたピアスが2つ、まず目についた。だけど、その次に目に入ったのは、耳の中にある小さな装置――補聴器だった。
「ごめん。みみ、わるいから」
男は言って正面を向いた。
「でも、君の、言ったこと、わかった。うごき、で」
唇を指しながら笑う。
オレは何と言えばわからず、戸惑いながらただ頷きを返した。
彼はそんな反応には慣れているのかもしれない。屈託なく笑うと、指で金網の先を示した。公園への入口の方だ。
入ってこい、と言ってるんだろう。手招きをする仕草の彼に、オレは首を振った。
「あの、オレ……ほら、足、怪我してるから」
声を張り上げて松葉杖を掲げ、怪我してる方のズボンを捲って装具を見せる。
彼は微かに驚いたように目を丸くしたものの、気にするなと言わんばかりに肩をすくめて、やっぱりさらに手招きをした。
「だいじょーぶ! おいでよ」
柔らかいのに、強い――そんな不思議な引力をもった声だった。
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