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弥は武家の名門渡邉氏の嫡男として生まれたが、十を数える前に臣下の裏切りによって家を追われ、母と父の臣であった侍従とともに山奥へ落ち延びた。十四のときに母を、十八で育ての親と慕う侍従夫妻を喪ったが、涙をこぼすことはなかった。
――泣いてはならぬ、父の無念の最期を想い、必ずや仇を討て。
母の教えを守り、彼は傭兵として戦場に赴くことを決意した。体格に恵まれていたし、教え込まれた武芸の腕には自信があった。当地の領主の軍で功を積みつつ、今は重臣になっているという父の仇を討つ機会を窺うつもりだった。
だが現実はそれほど甘くはなかった。
属していた小部隊は戦場に出る前に敵襲に遭い散り散りとなった。宵闇に紛れて森の奥へ逃げ延びた弥はやがて山地に迷い込み、数日のあいだ獣道をさ迷い歩いた挙句、斃れた。
――己れはここで死ぬのか……。
晴れた、美しい初夏の午後だった。深山の爽やかな空気は彼の弱った肺を優しく満たしたが、飢えと渇きをいっそう強めただけだった。
本格的な戦を知る前に若くして朽ちることが無念で仕方がなかった。
――死にたくない。己れはまだ、生きたい。
狂おしく弥は念じた……繰り返し、繰り返し……やがて正午の光が射すころ、彼は奇妙なものを見た。
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