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はじめは白い鳥かと思った。それにしては大きい……人ほどの大きさがある。いや、あれは翼ではなく膨らんだ袖だと認識したとき、悟った。
空から降り立とうとしているのは真白い天人なのだ。
弥は仏典の絵図でしか天人を見たことはなかったし、それと目の前の存在はおよそ似たところがなかったが、それでも天人だと自然と理解された。
天人が弥を見、驚いたように動きを止めた。
美しい娘だった。光を帯びた朝露を弥は想った。白い絹糸のような長い髪は光沢をもち、両の眼は蒼穹の欠片のようだった。
無意識のうちに弥は天女に指を伸ばした。救いを求め、縋るように。
娘は戸惑うように宙に浮かんでいたが、やがて伏した弥の横に音もなく下ると、唐突に涙を零し始めた。
雨のように、滝のように、大粒の水滴が弥の額や頬を濡らした。茫然とする弥が見守るなか、娘は涙を手に受け口に含み、口移しで弥に涙水を流し込んだ。
それは塩辛くも生暖かくもない冷たく爽やかな水で、渇ききった弥の身体の隅々まで染み渡っていった。そうして弥が息を吹き返すまで、娘はその動作を繰り返した。
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