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二人はそれから一年間、各地を旅して回った。戦国の世は物騒だったが、あまねと共に旅をしていると危険な目に遭う心配は無用だと間もなく分かった。天人としての性分が血と争いを嫌うのか、あまねが選ぶのは平穏な道、人々が穏やかに暮らす土地をめぐる道ばかり。ときに寺社に宿り、ときに農作業の手伝いをして路銀を稼ぎ、風のように日々を送っていく。今までの人生で想像したことのなかった生き方を弥は知った。
あまねもまた、天にいては知ることのない地上の事物にいたく心惹かれた様子で、新しい土地に着くたびに青い目を輝かせた。
「地上は美しいですね」
「天の方が美しいはずでは?」
弥が不思議に思って尋ねると、あまねは笑って首を振った。
「天は地の鏡、地は天の鏡です。どちらがより美しいかなど決められるはずもありません」
ただ、とあまねは表情を曇らせて言葉を継ぐ。
「今の地上は怨恨と怨念が渦巻いています。ここはすでに天の鏡ではないのかもしれません」
そうかもしれない、と弥は思う。今、二人の目の前にはのどかな田園が広がっているが、山の彼方では国同士が戦の最中だという。そこでは無数の名もなき兵が命を散らしているのだろう。名誉も、意味さえないまま。
戦場のことを思うと弥の胸は痛んだ。今際のきわに母が縋るように伸ばした手が目の前に浮かぶ。
――父の仇を討て。
弥はぶるりと身を震わせた。山の方角から冷たい風が吹きつけてくる。嵐になりそうだった。
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