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食事が終わり、
片づけを手伝う。
洗った食器を拭いて、戸棚にしまう。
ブランド物の食器が程よいすき間を開けて並ぶ。
「ああ、それはこっち。覚えてね」
健介の姉が少し剣のある口調で言う。
「申し訳ありません」
「それとね、このお箸、今日健介と望美さんが使ったお箸が
お客様用。母はこのえんじ色、父はこっちの赤茶で重たいの。
私のはこの、濃いめの赤ね。」
「はい…」
どれも似たような箸で見分けがつかない。
これに、この人の夫、この人の子供のものまで加わるのだろうか。
似たような塗り箸、ブランド物だからセンスのよい食器はあるけれど、
この家には、自分で選んだ色がない。
ぜんぶ違う青に染まった木綿の座布団カバー、麻ののれん、タペストリー。
古くても磨き抜かれた柱や床、濡れ縁を彩る色は、
確かにこの新しい家には似合わないけれど、
でも似合う色はきっとあるはずだし、
似合う風合いの糸、布もあるはずだ。
きっとこの家の人々は、そんな色を探すことも無いのだろう。
片づけが終わった。
リビングでは健介と健介の父がニュース番組を観ている。
ソファに座った健介の姉が言った。
「やることなくなっちゃった」
急に、その場に居るのが耐えがたくなった。
トイレに立つ。
洗面台の鏡に映った自分の顔を見て驚く。
なんてぼんやりした顔。
気分が悪くなってきた。
私は大友家を辞した。
送ると言う健介を頑なに断り、駅まで冷たい風に吹かれて
歩いた。
無人駅のホームに立って頭を冷やした。
私にとって、「やること」は家事以外に常にあった。
ぜんぜん違う-
望美、じゃあ、あなたは何なの?
私は自分で自分に、母の問を突き付けた。
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