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暗い顔をして茶の間に入ると、母が工房から出てきた所だった。
私の顔色を見て、何か言おうとした。
遮るように健介と別れた、と吐き出すように伝えた。
母はちょっと驚いたような顔をしたけれど、そう、とだけ言った。
「お茶でも入れようか。お得意さんから貰ったのがあるよ」
「そうして」
がくん、とコートのまま座り込む。
コートを脱ぐと、涙があふれて来た。
やかんに水を注ぐ音。
火にかけた。
茶碗を戸棚から出し、盆に載せた。
茶の細長いパックの端をはさみで切る音、
茶筒に移すさらさらと言う音。
母が台所から出てくるまでに、涙、拭わなくちゃ。
バッグからハンカチを出し、拭う。
まだあふれてくるのを、上を向いて必死で押し戻す。
…。
やかんの湯が沸いたようだ。
「これからどうすんのぉー。あんた」
台所から母が大きな声を張り上げる。
「専攻科行く」
よかった。涙声になっていない。
茶碗にお湯をそそぐ音。急須にも入れ、少しして
急須のお湯を捨てた。茶葉が茶さじから急須に落ちる音。
しばらくして茶碗のお湯を急須に移し、
蓋をするかちゃ、という音。
「そおかぁ…」
ため息交じりの、しみじみ納得したような声を出す。
何だか悔しい。私は声を張り上げる。
「私、違うから。」
茶をそそぐ、清水の流れるような音。
桜の盆に備前の茶碗を二つ載せ、母が台所から出てきた。
「お母さんとは違う道だから。
素材を選んで、
糸を加工して、布に織り上げる方をやっていく。
あなたにも私の言う通り染めてもらう位、
腕を上げて見せる。」
母は驚きもせず、
座ると盆から茶碗をとって差し出す。
「うん」
母はもう一つの茶碗をとり、ずず、と茶をすする。
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