藍じゃなくて

2/3
前へ
/10ページ
次へ
暗い顔をして茶の間に入ると、母が工房から出てきた所だった。 私の顔色を見て、何か言おうとした。 遮るように健介と別れた、と吐き出すように伝えた。 母はちょっと驚いたような顔をしたけれど、そう、とだけ言った。 「お茶でも入れようか。お得意さんから貰ったのがあるよ」 「そうして」 がくん、とコートのまま座り込む。 コートを脱ぐと、涙があふれて来た。 やかんに水を注ぐ音。 火にかけた。 茶碗を戸棚から出し、盆に載せた。 茶の細長いパックの端をはさみで切る音、 茶筒に移すさらさらと言う音。 母が台所から出てくるまでに、涙、拭わなくちゃ。 バッグからハンカチを出し、拭う。 まだあふれてくるのを、上を向いて必死で押し戻す。 …。 やかんの湯が沸いたようだ。 「これからどうすんのぉー。あんた」 台所から母が大きな声を張り上げる。 「専攻科行く」 よかった。涙声になっていない。 茶碗にお湯をそそぐ音。急須にも入れ、少しして 急須のお湯を捨てた。茶葉が茶さじから急須に落ちる音。 しばらくして茶碗のお湯を急須に移し、 蓋をするかちゃ、という音。 「そおかぁ…」 ため息交じりの、しみじみ納得したような声を出す。 何だか悔しい。私は声を張り上げる。 「私、違うから。」 茶をそそぐ、清水の流れるような音。 桜の盆に備前の茶碗を二つ載せ、母が台所から出てきた。 「お母さんとは違う道だから。  素材を選んで、  糸を加工して、布に織り上げる方をやっていく。  あなたにも私の言う通り染めてもらう位、  腕を上げて見せる。」 母は驚きもせず、 座ると盆から茶碗をとって差し出す。 「うん」 母はもう一つの茶碗をとり、ずず、と茶をすする。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加