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第1章
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目が覚めた。
いや、最初から起きていたのだろう。ただ静寂だった。静かな、世界。
さっきまで、音が鳴り響いていた。いわゆる、ピーポーピーポーだ。救急車の音が、静寂を切り裂いていた。一番そばで、その音を聞いていた、つまり、僕は救急車に乗っていた。何のために?
助かるために。
「着くね、そろそろ」
彼女は言った。
「音が止んだ、降りるよ、そろそろ」
僕は答える。
「二度目?」
「二度目、前よりはいい気分さ、君といるからね」
「先生いるかな?」
「どうだろう? この前の時はいたんだよ、たまたまね。でも今回はいないかな」
「賭ける?」
「賭けない、僕はギャンブルが嫌いだ」
彼女はクルクルと笑った。
風が冷たい、バックドアが開いているからだ、三月の風がピューピュー入ってくる。でも寒いとは思わない、気持ちいいくらいだ、春だ。そう春だ。僕は今、春にいて、春を感じている。Tシャツとスウェットで、春を感じている。北国の、おそらくマイナス五度はある、春と冬の、境目で。
「自分で降りれるかな」
「はい」
救急隊員に答える。自らの足で地を踏む。
「ここで待っててね、先生が来るっていうから」
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