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珍しく定時に仕事が終わり、帰りの電車に揺られながら、夕焼け空を見ていた。日が落ちる前に家に帰れるなんていつぶりだろうか?結婚してから初めてのことかもしれない。
電車が鉄橋に差し掛かり、ガタンゴトン ガタンゴトンという音を聞きながら、つり革に掴まっていると、ふと窓の外の風景が目に留まる。土手沿いに菜の花が並んでおり、空と同様に赤く染まって風に揺れている。
春なんだな…
最近は、休日も遅くまで仕事していて、いつも帰るときは真っ暗だったので、季節の移り変わりさえ気付かずに過ごしていた事に気付かされる。
車内の人達も、ベージュやオークルなどの春色のコートに身を包んでおり、真冬から着ているネイビーのコートを羽織っている自分が急に恥ずかしくなる。
絵里が、春物のコートにそろそろ変えた方がいいんじゃないって、最近何度も声かけてくれていたけど、まだ寒いからいいよって、その度に断っていた。
朝日が昇る前から出勤して、日が落ちてから帰るので、通勤時に当たるビル風はいつも冷たかった。
仕事中ビルの窓から青空は覗いていたけれど、こんなにも春の陽気に窓の外がなっているなんて体感してなかったものだから、わからずにいた。
まるで、外界から分離された空間に閉じ込められていて、そこからやっと脱出したような気分だ。
ちらっと、車内を見回してみる。
奥に立っている、モコモコのダウンを着た男性を見て、安堵感を覚える。
ほっとしたのも束の間、彼が大きなスーツケースを持っているのを発見して、気持ちが急降下。
きっとどこか北の国から帰って来た所なんだろう。
純粋に春の訪れに気付かずに、季節外れの服を着てるのは自分だけなんだなと思ったところで、何考えてんだろうと心の中で自嘲した。
もうすぐ桜の季節か…
俺と絵里との関係は、節目節目に桜があった。
初めて思いを告げた後、絵里と離れて一人でやってみると伝えたのも桜の木の下だった。
再会して、付き合って欲しいと言った時も、桜の木の側で…
二人で初めて一緒に見た桜の花の下で、プロポーズをした。
そして今年、二人で見る最後の桜になる。
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