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「実は、森の中で蛮族を見かけたという情報が入りまして。何かそれらしいものは見ませんでしたか?」
フォースィと口を塞いでいるイリーナは首を静かに左右に振った。
「………分かりました。ご協力ありがとうございます」
先頭の騎士は、後ろの騎士達にさらに奥を目指すと声を上げると、そのまま馬を走らせて西へと進んでいった。
蛮族。
人の形をしていながら人ではない者達。最も有名なのは子供くらいの背をした緑色のゴブリンである。彼らは野蛮な文化と貧相な道具を持ち、時には家畜や畑を荒らし、時には人をも襲う。
フォースィ自身も旅の中で何度も経験してきたが、それなりに慣れた旅人や冒険者達にとって、油断できないものの恐れるほどではない。
旅をしていれば1か月に1度くらいは出会う、という程度のことである。
フォースィは馬の風で乱れた黒髪を耳の後ろで整えると、馬が駆ける音を背中にアリアスの街を目指して歩き始める。
イリーナもそれに続いて彼女の背中を追いかけた。
「………イリーナ、もう口から手を離してもいいのよ」
歩きながら呟くフォースィの言葉に、イリーナは口で大きく息を吐き出した。
「お師匠様、お師匠様。1つ聞いても良いですか?」
「何かしら?」
歩きながら地図を広げて見つめているフォースィに、イリーナが声をかける。
「お師匠様は何故、魔王のことを調べているのですか?」
「………あら、言ってなかったかしら?」
空よりも澄んだ青い鎧を着るイリーナは、教会によって組織された聖教騎士団の一員である。厳しい修行を積み、試練に耐え抜いた者だけが辿り着く最強の救済者であり、魔を払う断罪者。騎士団を名乗りつつも王国騎士団とは異なり、民や教会の依頼を受けて人々の生活を守るべく活動している。
歴代最年少でその一員となったイリーナと出会い、既に3か月。とある出会いから師匠と勝手に呼び始め、後をついてきている不思議な縁ではあったが、フォースィは自分の旅の目的を彼女に言っていなかったことを今更ながらに認識した。
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