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誰にでも気軽に話す事情ではないが、彼女に対しては別に隠す必要もない。フォースィはアリアスの街までの距離を確認すると地図を畳み、歩いたまま自分の旅の目的を口にし始めた。
「私の母のことを知るためよ」
「………お師匠様のお母様?」
イリーナは首をかしげながらも、そのまま師匠の言葉に耳を傾ける。
「私の母はね、魔王と戦っていたそうなの。調べた限りでは旧カデリア王国で勇者一行と呼ばれ、神官を務めていたそうよ」
しかし、それだけの地位にいながら母の記録はこの世のどこにも残っていなかったのだという。
「母は昔のことをほとんど教えてはくれなかったの。世の中には知らない方が良いことがあると、最後は誤魔化しの呪文のように言っていたわ」
「でも勇者と共に魔王と戦っていたなんて、やっぱりお師匠様のお母様も凄い方だったんですね!」
イリーナは目を輝かせた。
しかしフォースィは、それが変な話だとイリーナの想像を訂正させる。
「断片的だけど、魔王と戦ったという伝承と、魔王と共に世界を救ったという伝承のどちらも存在しているのよ。記録がない上に、各地に散らばるどこまでが本当の話か分からない情報ばかり。もう随分と各地を調べて回っているけれど、未だに真実が見えないの」
魔王の敵と味方では、扱いが全く異なる。イリーナは考えるほどに理解できなくなり、自然と眉間にしわを寄せ始めた。
「でも、手に入れたこの本は本物のようね。今までどの歴史書にも書かれていなかったことが載っているのだから」
革鞄に触れ、フォースィは本に書かれていることを確認していくことが答えに繋がるのではないかと最後に締めくくる。
そこでイリーナはあることに気が付いた。
「………お師匠様って………何歳でしたっけ?」
そもそも魔王という存在はどの歴史書にも書かれてはいない。書かれているのは子ども向けのお伽噺や、各地での伝承程度の胡散臭い物語のみ。
仮に存在していたとしても、どの伝承も二百年前と始まるものばかり。フォースィの母親が魔王がいたとされる時代に存在していた場合、イリーナには師匠の年齢が計算できなかった。
「あら、女性に年齢を聞くのは野暮なのよ? あなたも女の子ならば覚えておきなさい」
フォースィーは口元に人差し指を当て、小さく笑った。
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