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フォースィはその顔を見逃さなかった。
「イリーナ………あなたは教会の一員なのよ? 気持ちは分かるけど聖教騎士団たる者、人前でその顔は気を付けることね」
教会の食事は栄養だけを重視し、味や見た目は二の次。ベッドも硬く、シーツも薄い。教会関係者故にタダ同然で利用できるが、やはり宿の方が心地良いのは誰でも知っている。
フォースィは子どもに言い聞かせるように腰を曲げて微笑むと、イリーナの左頬をつねった。
「ふぁ、ふぁい! ふみません、お師匠様!」
子どもの頬は柔らかく、よく伸びる。フォースィが手を離すと餅のように伸びた頬が戻り、イリーナは涙目になっていた。
夜になれば酒場やギルドで情報を集めることができる。今夜と明日の午前中に神官としての務めを果たし、その後は街の調査にあたる。フォースィの頭の中で、今後の予定が組み立てられた。
「何も収穫がなければ、明日の午後にはここを発ちましょう」
「は、はい!」
2人は大通りへと足を進める。
大通りでは、夕方最後の追い込みとばかりに、宿屋や食事処、商店の前で店員が手を叩いて客を呼び寄せていた。街の決まりか、店の人間は店の前で声をかけ続け、決して大通りまで出てこようとはしなかった。
フォースィは首を僅かに動かしながら、大きめの酒場や冒険者ギルドの位置を確認する。さらに余裕がある時には宿屋の大きさや古さを確認するが、さすがに二百年物の建物は見つからなかった。
大通りを上がり終え、2人は学校と教会に挟まれた道で足を止めた。そしてこの街で最も高い鐘楼を見上げ、その下にある教会に体を向ける。
「良い教会ね」「はい。お師匠様」
教会からは夕方の礼拝を済ませた住民や旅人達が扉から出ていくところだった。フォースィとイリーナはその流れとは逆に教会の中に入り、まだ人がまばらに残っている礼拝堂に進む。
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