Lost19 ③紅と蒼

第一章

　紅い神官服を着た女性は、目の前の巨大な直方体の遺物に手を置いた。
　長い年月によって朽ちかけた茶色い鉄骨、その間を埋めるように見たこともない石材で組まれた繋ぎ目のない壁、窓はあるが苔と汚れによって中を見ることはできない。
「扉はあるのに開かない、一体どんな作りなの」
　肩にかかる黒髪を後ろに払う。
　神官の女性は薄汚れた木製の扉から生えている丸い出っ張りを押したり、引いたりしてみる。だが扉は一向に開く気配を見せなかった。
　まるで悠久の時の中で来ることのない主人を待ち続けるかのような、そんな印象を覚える。

　女性は肩にかけた革鞄から一冊の古書を取り出すと、栞が挟まれていたページを指先でめくる。
「アリアス西部の森、魔女の森と呼ばれる中に魔王の生家がある。一応伝承通りということでいいのかしら」
　ウィンフォス王国の西部にあるアリアスの街から僅かに離れた場所には広大な森が広がっている。その中でも魔女の森と呼ばれるこの場所は、魔法の源となるクレーテルが異常なほど濃密に集まっており、余りの濃さから全ての動物にとって生きることができない過酷な環境であった。

　女性は周囲を見渡す。人の手が入っていない巨大な大木の原生林、虫も小動物すら存在できないこの場所はまさに植物の楽園だった。

　その静かな森の中から、大きな荷物を背負った一人の少女が走ってくる。
「お師匠様。南に小さな湖がありましたが、特に気になる物はありませんでした」
　蒼い鎧に羽飾りのついた兜を被った１５、６歳の小さな少女の騎士が報告に戻る。
「そう、ありがとうイリーナ」
　優しく、しかし素っ気なく神官の女性が言葉を返す。それでもイリーナと呼ばれたそばかすの少女は、役に立てたことが嬉しく、満面の笑みで歯を見せて喜んだ。

「そろそろ時間ね………」
　女性は自分の右手首に付けられている角張った腕輪を確認する。
　この腕輪を付けた者は、魔法の源となるクレーテルの流れを止められ、魔法が使えなくなる。本来は罪を犯した魔法使いを収監するときに使われる腕輪だが、この森の中では外からのクレーテルが体内に入らないようにするための安全装置に変わる。
　魔女の森を探索すること既に２時間。魔力中毒になってもおかしくない世界に、２人が無事な理由がここにある。