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「ここに住まれるんですか?」
「え?あ、…そうしようかなと思ってますが…」
その時は彼女に戸惑ったが、そう答えた。
すると、彼女が「実は……」と話し始めた。
そこで彼女が俺に話したのは……
家賃の滞納でここを追い出されたが、行方不明になっている婚約者が帰ってくるかもしれない、いや、帰ってくるまでここにいたい、だから、一緒に住まわせてもらえないか……
ということだった。
婚約者と結婚を半年後に控えていた時に、彼は仕事に行ったまま帰ってこなかった。
捜索願も出されたが、ケータイも繋がらず、事件か事故に巻き込まれた事が想定された。
結局、そのまま行方不明のままらしい。
もし、連絡がつかなくても、ここに居さえすれば彼が帰ってくるかもしれない。
だから、ここに居たいと。
事情は分かったが、それならなぜ彼女がこんな状況でここにいるのか疑問だった。
家賃滞納と言ったが、その前に彼女にも何かがあったのだ。
それはそれとして、そもそも、初めて会った女性といきなり同棲…みたいなのはあり得ない。
普通ならこんなものは断る。
でも……
「えっと……、そうですよね……、ここに居ないと婚約者さん、分からなくなりますよね……」
と、ある事が頭をよぎって、つい呟いた。
「え!本当ですか!?ありがとうございます!」
彼女は深々と頭を下げた後、満面の笑顔で俺を見た。
「あ……」
俺の中途半端な呟きを彼女は承諾と受け取った。
「いや、そうじゃなくて……」と言いかけたが、その時の彼女の笑顔が決め手だった。
まだここにしようかどうしようかと思っていた気持ちも決まってしまった。
「……分かりました。いいですよ」
俺はそう答えた。
彼女はその婚約者を一途に思っている。
元々、俺とどうのこうのというのはあり得ない。
ただ、彼女の力になれるなら…と、思ってしまった。
俺は、彼女に一目惚れだったのだ。
ふと気が付くと、少し離れたところで、不動産屋がこっちを見ながら戸惑っていた。
それもそうだ。
俺はここに決めたことを告げ、そのまま店に戻ると契約をした。
そして、美冬さんは入り口側の部屋、俺はベランダ側の部屋を使うことになった。
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