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部署は違っていたが、月に二、三回程一緒に飲みに行くようになった瀬田に、秋川がルームシェアを持ち掛けたのは、瀬田が通勤に一時間半を費やしていると聞いたからだった。
完全フレックス制なんでラッシュは避けられるから、余り気にはしていないんですけれど。と瀬田は屈託なく笑った。
一合グラスの底に残っていた日本酒を飲み干してから、秋川は瀬田に今、現在住んでいる部屋の状況を尋ねた。
瀬田曰く、契約更新まで二か月を切っているとのこと。
秋川のは一月後に迫っていた。タイミング的にはバッチリだった。
じゃあ、おれとルームシェアしないか?そうしたら、今よりも会社に近くていい部屋に住めるんじゃないか?と提案してきた秋川に、瀬田は一も二もなく飛び付いてきた。
一緒に住むことを決めた秋川と瀬田とが設けたルールは、水泳部時代と同じく極めて緩やかな、最低限のものにした。
家賃や光熱費が折半なのは当然として、共有スペースの掃除は週交代で行うことにした。
もしも、不測の事態が起こった場合は互いに声を掛け、顔を合わせられない時には冷蔵庫の扉へと貼り付けたマグネット式のホワイトボードへと伝言を残すことにした。
秋川は家事を人並みには行う方だったし、瀬田も又、秋川と同じだったのだろう。
秋川の分もまとめて洗濯することもあり、フレックス制の強みで、日中に布団を干してくれることすらあった。
完璧だ。と秋川は思った。
大学を卒業して七年も経つのに、未だに自分を先輩扱いしてくれて、よく気が付く明るい後輩との共同生活。
不自由さやきゅうくつさは全く感じられなかった。
少なくとも、秋川は。
ルームシェアを行なうにあたって一番問題となるのは、付き合っている相手を招き入れる(つまりは連れ込む)際だろうが、昨年、彼女と別れた秋川はいまだにそんな気にもなれず、瀬田に至っては、そういう相手がいたら真っ先に先輩に紹介しますよ。と言っていた。
瀬田の言葉を全く疑わなかった秋川は、イケメン故に余程理想が高いのか、はたまた慎重なのかどちらかなのだろう。と実に無邪気に考えていた。
そうでもなければ、アノ瀬田に、特定の相手がいないのは説明が付かない。
改めて今思えば、多分後者だったのだろう。秋川は少しも気が付かなかった。
つい、一週間前までは。
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