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営業一課の佐伯こと、佐伯尚久のことを、秋川は全くと言い切っていい程に知らない。特に知りたいとも思わない。
それは以前も今も変わらない。
何処でどう見染めたのかは、秋川には思いも付かないが、佐伯は秋川に一目惚れをした。と告白をしてきた。
秋川とて四捨五入をすれば三十になる男だった。初心な少年という訳でもない。
秋川(と佐伯と)が勤めるインタラボ社は、多様性を尊重する社会を担う一企業として所謂、性的マイノリティーに対する配慮にも積極的に取り組んでいて、社員間での大っぴらな差別や偏見はなかった。
秋川もそうだったが、さすがに自分の身に及ぶと驚きはした。
佐伯は年齢は恐らくは三十代半ば、花形部署である営業部の更に精鋭部隊である一課の係長だった。
縁の下の力持ち的(つまり地味な)経理部の平社員の秋川とは、まるで接点の無いエリートだった。
「社員食堂で一度、会っているんだが、憶えていないかな?」
「全然憶えていません」
一度切りしか会っていない人間を憶えていられるのならば、七年前とはいえ、同じ部活に所属していながらキレイさっぱり忘れられていた瀬田の立場が、まるでない。
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