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0 夕立
日が沈むのには未だ早い時間だというのに、室内が暗くなってきたな。と秋川慎一は思った。
案の定、途端に雨が降り始めた。
あの夜も確か、雨が降っていた。そう思って、秋川は自分の右の手の平を見る。瀬田が握りしめた手。そして、自分が振りほどいてしまった手。
もしもあの時、自分が瀬田の手を拒まなかったのならば、彼はこの部屋を、自分とシェアしているこの部屋を出て行くことはなかったのだろうか?と秋川は思う。
しかし、例えそうだったとしても、今までと同じ様に同じ空間で暮らしていくことは出来ないだろう。と秋川は考える。
だからこそ、瀬田は出て行ってしまったのだろう。
瀬田と話したい。と秋川は思う。
会って、直に顔を見て話がしたい。話をしなければならない。とまで強く思うのに、一週間が過ぎた今もそれは果たされていなかった。
携帯電話もメールも繋がらなかった。
最悪(最終?)、完全フレックスタイム制の瀬田の就業時間を突き止めて、所属するデザイン部へと押し掛け、首根っこを引っ張ってでも引きずり出せば、確かに瀬田の顔は見られるのかも知れないが、そういうことではない。
解っている。到底、話など出来はしない。と秋川には思われた。
どうすることも出来ないままに時間だけが流れ過ぎ、また、雨が降り出す。今日は遠くの方で、雷までもが鳴っている。
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