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幸せな気分で再び寝転ぶと、横向きになった七翔君が肩におでこをくっつけてきた。 「志季さん、僕自分勝手なんでしょうか?」 「何かあった?」 「今日、親に呼ばれて実家に帰ってたんです。この前逃げ出してきたからてっきり怒られると思ってたのに、違いました」 黙ってしまった七翔君を焦らすことなくじっと待っていると、彼は俺の服をぎゅっと握った後再び口を開いた。 「パティシエになる事に反対はしない。だけど、大学だけは絶対に卒業して欲しいって頭を下げられました」 「そうか。薫さんは何て言ってるの?」 「薫さんは、僕が本気なら協力はする。だけど、要は僕次第だって」 確かに。毎年何百人、いや何千人もの若者がパティシエを志して社会に出る。だけどそれで食べて行けるのはほんの一握りだ。だけどそんなのはパティシエに限ったことじゃない。美容師や料理人、ファッション業界その他ありとあらゆる職業がそうだ。いくら憧れを持っていても運と才能、それとやる気。様々な要因が重なって、初めてそれを職業として継続していけるんだ。 「そっか。………俺さ、七翔君の親の気持ちも分かるんだよ。妹だけど、美琴には苦労させたくないんだ。学歴で人を判断するなんて間違ってるとは思うけど、実際はそうじゃないって知ってるから。もし万が一子供が(つまず)いた時に助けになる物を持たせてやりたいって思うんだよ」 七翔君の気持ちに寄り添えなくてごめん。 「躓いた時?」 「うん。子供を信じてない訳じゃないんだ。だけどたぶん人生って思うようにならないことの方が多いんだよ。就職するにしても大卒と高卒では間口が大きく変わってくる。それに給料も。仕事の内容も昇進も。人間ってさ、期待されたり、対価があったり、充実感が味わえないとなかなか頑張れないから」 「……なんとなく分かります。あんなになりたがってた美容師を諦めた友人もいるし、就職したけど仕事がつまらなく、大学行ってもっと違う所に就職したかったとこぼす友人もいるから。だけど後1年も大学に通うのが無駄に思えてしまうんです。それなら早めに辞めた方が時間もお金も無駄にならないかなって」
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