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年末はやたらと仕事が忙しく『a gale』に来るのは久しぶりだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から風早さんの温もりのある声が俺を包み込む。
「こんばんは」
どう返事すれば正解なのか迷いながらゆっくりと進むと、見慣れた風早さんの笑顔に迎えられる。
やっぱりここは落ち着く。
クリスマスの町のざわめきとはかけ離れた優しく居心地のいい空間に癒されながら辺りを見回すと、一緒に飲もうと誘った小桜さんが定番のカウンターの一番端で静かに酒を飲んでいた。
風早さんと二人でもあそに座るのが小桜さんらしいなと思いながら、俺は勧められた真ん中のスツールに腰かけた。
「元気そうで良かった」
少しだけ砕けた口調で告げられた言葉が、胸にじんわりとしみ渡る。
「なかなか来れなくてすみません」
「いいよ。それよりちゃんと食べてた?」
「………はい」
相変わらず自炊が苦手な俺の飯は買ってきた弁当や軽く食べられるファーストフードが主だが、一応三食は食べている。
「まあ、一人暮らしだし仕方ないね」
風早さんの困ったような顔に、少しだけ罪悪感を覚えた。
「まるで星宮君の母親みたいだな」
小桜さんの突っ込みに「まあね。でも何だかほっとけなくて」と風早さんが返す。
恋人の薫さんならまだしも、何の関係もない俺の心配までさせて申し訳なく思う。
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