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「閉店まで時間があるから、ゆっくりと食べてね」
急いで食べないとと思ったのがバレたのか、風早さんが女性なら一目で恋に落ちる色気のあるウィンクをしてきた。
訂正だな。女性だけじゃなく、男の俺も危なかった。バクバクする心臓を誤魔化すように、スプーンを口に運ぶ。
薫さんもモテるが風早さんも負けてない。これじゃお互いの心配は尽きないだろうな。
白菜のトロリとした食感に再び心が奪われ、平常心になっていく。
閉店時間と言えば、クリスマスはいつもより一時間遅い21時まで店を開けるって七翔君が言ってたな。外食した帰りに買っていく客が多いらしい。
無理してないかな。可愛い見た目に反して、彼は案外頑固でしんどくても弱音を吐かいからなぁ。
「大丈夫だよ」
風早さんが俺の頭にポンと手を置いた。
「薫も分かってるし、それに七翔自身、明日君に会えるのを楽しみにしてるから無茶はしないよ」
ああ、なんでこんなに分かっちゃうのかな。
「やっぱりお前オカンだな」
さっきは母親だったのに、オカンて……。
ずっと黙っていた小桜さんが呟いた言葉によってしんみりムードが吹き飛び再び和やかな雰囲気が戻ってきた。これを計算でやってるならすごいが、小桜さんの場合は天然だからなぁ。
「慎、お代わりは?」
同じメニューを食べていた小桜さんの皿はすべて綺麗に完食されている。
「大丈夫だ、ごちそうさん。うまかったよ」
「お粗末様。じゃあ、はい」
さっと酒のお代わりを出す風早さんは、俺だけじゃなくみんなの母親みたいだ。
「志季君も冷めない内に食べて。薫のケーキには敵わないけどデザートも用意してるから。もちろんあまり甘くないやつね」
「俺、甘いの苦手って言いましたか?」
「聞いてないけど、何となくね」
「すごい」
「いや、そんなにすごくはないよ。お客様の様子を観察して、好き嫌いを把握するのは癖みたいなものだからね」
この店が心地いいのは、風早さんが気を配ってくれてるからなんだなとあらためて感じる。
この店がなかったら俺はまだ桃花さんの事を引きずっていたかもしれないし、七翔君と恋人にもなっていなかっただろう。
「ありがとうございます」
「えっ?」
「いえ、いただきます」
スプーンに乗せた大きめのジャガイモを口に運び、幸せと一緒に噛み締めた。
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