一章 山高帽の青年

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2 「あっつ……」  頬を伝う汗を手の甲で拭った恵は、忌々し気に呟いた。  先ほどまで歩いていたトンネルの中とは真逆で、きつい日差しが肌を刺す。薄目で空を見上げれば、白く弾ける太陽があった。  泊めてもらっている祖父母の家を早朝に出発した恵は、まず曽木の滝へと向かい、そこから川内川沿いの遊歩道を延々と歩いていた。  祖母がこしらえてくれた弁当と水筒の入ったトートバックが肩に食い込む。肩にかけ直しながら、昨日のことをふと思い出した。  ギャラリーバーへ訪れた翌日、勢いのままに上司へ「有給休暇、三日間頂きますので!」と宣言してコンビニのATMでお金をおろすと、その日にとれた鹿児島行きの一番早い便に乗って鹿児島県に訪れた。  行く当ては一応あった。父方の祖父母は、鹿児島に住んでいる。  そして、何年も連絡もよこさないような恵が突然夜中に訪ねてきても、祖父母は一切嫌な顔をせず、恵が覚えている範囲の記憶と同じくらい、いやそれ以上に温かく迎え入れてくれたのだ。
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