一章 山高帽の青年

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 背の高い木々の影を歩きながら、「我ながらすごい行動力だったな」と呆れ半分感心半分に呟く。  なぜそんなにも心を動かしたのか、それは恵本人にも分かっていない。しかし鹿児島の祖父母らは、いとも簡単に結論を出したのだ。「恵はそん絵に運命感じたんじゃっど」と。 「あ、見えた」  先に視界が開けているのが見えた。恵の足は速くなり、戻ってくるカップルの観光客や、景色を楽しむ青年、キャンバスを広げる老人の横を早足で通り過ぎる。  そして土の道が終わって木張りの床を踏みしめたその瞬間、サアッと鼻を通り抜ける水と木々の混じった匂いに恵は胸を昂揚させた。 「……曽木発電所」  噛み締めるように呟いた。木の柵に手を置いてうんと身を乗り出す。  冬の間湖底に沈むその建物は日に焼けていないせいか、絵の通り痛いぐらいに白く輝いていた。  絵と違うのは、波打つ水面、風に揺れる草木、そして弾ける光。そして、湖畔に吹く湿った心地よい風。  肌で感じる生きた景色が、そこに広がっていた。  恵は目を細めて、うーんと伸びをした。
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