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「あの、すみません」
突然背後から声が聞こえた。自分に向けられたものだと判断した恵は振り返る。
細身の青年が立っていた。
黒い山高帽に、サスペンダーを付けた茶色の七分丈ズボン、真っ白なシャツを着た彼は困ったように眉を下げ、きょろきょろと辺りを見回す。きりりとした眉に細い目が印象的だった。
雑誌なんかでは「オシャレ」として取り上げられそうな服装なのに、なぜかその青年からは着古したような少しくたびれた雰囲気がした。
そこまで青年の講評をして、思い出したように「はい?」と聞き返す。
青年は律儀に帽子を脱いで胸の前で抱えると、「道をお尋ねしたいのですが」と眉根を寄せる。
怪訝な顔を浮かべた恵に、青年は慌てたように両手を振った。
「怪しいものではないんです。私はこの近くにある発電所で働くもので、柿本廉太郎と申します。仕事の休み時間に職場の近くをぼんやりと歩いていたら、どうやら迷ってしまって」
より一層怪訝な顔をして「はあ」と曖昧に言葉を返す。
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